2013年9月 のアーカイブ

家守

2013年9月29日 日曜日

家守いますか?

いきなり変なこと聞いてすみません。家守と書いてヤモリ、テッチャンは「かべちょろ」って言ってますがこれって博多弁なんでしょうかね。

なんでこんな事聞くのかというと先々週の週末の朝、仏間でお経を唱えようと仏壇の前に座り何気なく横を見ると畳に何か黒っぽいものが落ちていたのです。それをよく見てみるとフンです。あちゃー、ネズミがまた入って来とる、とテンションガタ落ちでした。

「また」というのは以前にも出たのです。2年前くらいでしょうか、その時は夜シンが台所行くいきなりネズミと目があったそうです(笑)
その後屋根裏に登ったようで、そいつが夜中になると走り回っていたのです。その時は休日にネズミ捕り用のネズミホイホイを購入して屋根裏に登り置いておきました。その後すぐに足音は聞こえなくなったので、屋根裏を覗きましたがネズミはかかってはいませんでした。どうやら運よく出て行ってくれたようです。

それが今度はいきなりフンを見つけてしまったので早速家族へ報告。すると母が「仏壇の裏にかべちょろがいて何度か追い出そうとしたけど逃げられてどうしようかと思いよったけど今度はネズミね」と言うではないですか。
えっ、かべちょろ?というわけでもしやと思いすぐにググってみると、そのフンの状態はまさにかべちょろのフンそのものでした。茶系の中に白色のものが混ざっていたのです。これは尿酸らしくネズミのフンにはないとの事。犯人が家を守ってくれるかべちょろとわかりひと安心でした。

ところが先週水曜あたりの事。打合せで少し遅く帰宅すると、シンが「屋根裏になんかおるみたい」「えっ、またね」というわけでその晩、今度はちょうど母の部屋の上あたりにいたようで「おる、おる。こりゃあでかいよ。ネズミじゃないかも」と報告があり、今回はどうやら大物くんが忍び込んだようです。

翌晩、母の「ちょっと来て!」と大きな声で行ってみるとすごい音でまるで飛び降りたような音だったらしいのですが、既に移動後だったようでもうなにも聞こえませんでした。
ネズミじゃないならイタチかもしれない、と不安になりましたがどうしようもありません。ただそれ以降物音は聞こえなくなったんですが、いったい何者だったんでしょう?
屋根裏に入る出入口があるということだけは確かなんですが、今日外回りを調べてみましたがそれらしい穴はどこだか分りませんでした。

そして例のかべちょろも現れません。よく台所の裏窓に現れる大きなかべちょろの子どもじゃないかとシンは推理していますがどうなんでしょう?

しばらく様子をみてみましょう。

むすび庵総会

2013年9月23日 月曜日

都会(まち)に農は、必要ですか?

昨日はこのブログでもちょくちょく登場する<むすび庵>で農と旬を語ろう会(http://musubian.com)の17周年記念総会でした。そのテーマが書き出しの「都会に農は、必要ですか?」だったのです。
案内にテーマが書いてあったので何となくどんな内容で進行されるか勝手にイメージしていました。というのも庵主八尋さん家族が営む農園は西鉄の朝倉街道駅からすぐ近くの住宅街にあり、いわゆる都市型農業を営んでいます。そのため農地もあちこちに分散されて効率的には働けません。そんな状況でも必要なのか?というストーリーだと思っていました。

ところが話が始まると、そんな単純なお話ではありませんでした。
まず税金制度、それから相続までつながるものでした。
まず農地に対する固定資産税についてですが、農地に対しては特例があり、負担調整措置が取られています。まずここで農地だけは優遇されている、と思われがちです。
それから農地はいわゆる農村地の一般農地と市街化区域の市街化区域農地に分けられますが、その税計算はどちらも同じです。そしてその中に負担調整率という曲者がいるのです。その年の土地の評価額に対する前年度の課税標準額の割合なのですが、上限は前年度の1割増しまでです。だったらそれほど対した問題ではない、かというとそうではないのです。
預金計算なんかでも御馴染みの複利の力を借りるといつの間にかとんでもない額になっていることの反対が農地の課税でおこなわれているのです。10年で2.6倍、20年では6.7倍になるといえば無茶苦茶な増加を体感できるかと思います。

八尋さんのように先代から受け継いだ農地を自らも百姓になるべく継いだだけなのに、やればやるほど税金を納めねばならないなんて。
その固定資産税を支払うために農地を売り、アパートを作る。その理由がようやくわかりました。

生産緑地制度についても学びました。これは決して三大都市圏だけでなくどこでも適応できるということで、固定資産税の問題をクリアする切り札に使えないか、ということでした。

最後に庵主八尋さんが呟いた言葉を書き留めておきます。
「農地は預かりもん」
この言葉がお百姓さんの心情を言い表していると思いますし、拡大解釈すると地球それ自体、我々がただ次の代へ繋ぐ預かり物のような気がします。

万華鏡づくり

2013年9月16日 月曜日

万華鏡を覗いたことありますか?

誰でも一度はのぞいたことあると思いますが、あの小さな穴を覗くとその中に広がるキラキラと輝く光景は、まるで無限に拡がる小宇宙のようで見ていてもいつまでも飽きませんよね。

テッチャンはこの春、黒川温泉で展示会をしましたが、その時一緒だった木工作家の國武氏は木製の万華鏡を作っています。それは先端に透明ビー玉を嵌めて外の景色を取り込むテレイドスコープというタイプの万華鏡なのですが、テッチャンは展示会の間暇さえあればこの万華鏡で外眺めていました。そしていつか自分のおもちゃにも何か万華鏡のような仕組を取り入れられないものかと考えるようになりました。

最近、新しいおもちゃ作りに絡んでアイデア集めをするのに万華鏡の本を読んでみるとCUMOSという立方体万華鏡があることがわかりました。通常の万華鏡とは違いアート的な要素が強いとても面白い仕掛けです。1975年ヤマザキミノリ氏の作品で現在「不思議アートのぞき箱」としてワークショップなどで誰でも作れ、しかもその普及活動をしているUAPふくろうの会がお隣の太宰府に事務局があることがわかりました。
早速連絡をとってみるとタイミング良く昨日ワークショップを開催するということで、シンと二人で参加してきました。

太宰府館に行くとこれまたラッキーなことに、我々親子のみだったのでUAPふくろうの会の斉藤さんからみっちりマンツーマンで教えてもらうことができました。
おまけに沢山の作品も持って来ていたのでそれらの作品を鑑賞することもできました。クルクルと回すたびに中の映像が変わっていくタイプの万華鏡ではなく、作り手の意思と鏡像の偶然性が相まって生み出されるアートといえます。

さて最初に作った作品ですが、テッチャンは単純な幾何学模様を立方体の内部3面に配置して実験的なものを作ってどのように見えるのかを確かめてみました。そのためそんなに面白いものにはなりませんでしたが、シンの出来上がった万華鏡を見せてもらってびっくり。三日月と星だけできれいな夜空を表現しているではありませんか。くやしい・・・
意図したものかはともかく、自分よりきれいな作品を作った息子に嫉妬してしてしまいました。

終了後はすぐ近くのご自身のお店「蛇の目うさぎ」に連れていってもらいました。ここには奥さんの風子さんがおられ、彼女自身の凝りに凝った作品を見せてもらいました。おまけにオリジナルのCUMOSもみせてもらうことができました。久しぶりに美しものを見ることができて感動の万華鏡づくりでした。

零戦

2013年9月8日 日曜日

零戦を見たことあります?

テッチャンはこの夏に正式名称、零式艦上戦闘機21型を続けて見ることができました。

まずは盆に里帰りをした際に宇佐の平和資料館へ行ってきました。ここには宇佐海軍航空隊があったことから今年開館したばかりの資料館でしたが、祖母達からそんな歴史の話は一度も聞いたことはありませんでした。
今回の帰省は宇佐市役所と法務局に用事があったのですが、たまたまそこへ行く途中にあったので寄ったのですが、入るなり零戦の実物があり、シンと一緒に「わぉ!」となりました。
ただここの零戦はは映画「永遠の0」で使われた本物そっくりの実物大模型でした。
テッチャンは小学生の頃、飛行機のプラモデルやプロペラバルサ模型を作るのが大好きでした。宮崎駿の引退作「風立ちぬ」はまだ見てませんが空への憧れは当時の男の子なら誰しもあったのではないでしょうか。戦争は決して許されることではありませんが当時はイギリスのスピットファイア、ドイツのメッサーシュミットなど第二次世界大戦参戦した各国戦闘機とゼロ戦の格好良さを較べて作っていました。

そしてその時本物を見れなかった心残り、そして前から近くなのになかなか行けずにいた太刀洗平和記念館に先週シンと行って 来ました。まずテッチャンは西日本の航空拠点だった大刀洗飛行場がを全く知りませんでした。恥ずかしいことです。

ここの零戦は世界で唯一現存するものでやはり先日みた実物模型とは迫力が違いました。あわせて2階からは天井のB-29、その邀撃機「屠龍」の実物大が描かれ零戦との大きさの比較ができて面白い仕掛けでした。

追悼の映像や特攻隊の遺書、遺品をシンも神妙な顔付きで観ていました。多くの若者達の事実を知り彼なりに思うことがあったことでしょう。

小学校最後の年にシンを連れてこられて良かったです。

復活!夜市

2013年9月2日 月曜日
夜市って知ってますか?
「復活!夜市」イベントを昨年イルミネーションのイベントで一夜限りした事はこのブログでも紹介していましたが、その際沢山の来客者から懐かしみ楽しんでもらった感想をもらいました。
そう、この中央通り商店街は1972年から夜市が続いていたのですが、町内や大型店の夏祭りとかぶり、また商店主の高齢化もあり2005年を最後にやめられていました。
テッチャンはここに来て最後の2回ほどをみたくらいでもうそれほどに賑わっていませんでしたが、最盛期の夜市はホントに凄い賑わいだったようで、地元の同年代の人と話すと必ずこの夜市の話になり懐かしむのです。
そこで今年は春から商店街の道路舗装工事をして新な装いになることも重なり、我々ほっと二日市が夏の土曜夜市を復活させようと提案したのです。
その本番が先週24日に「復活!土曜夜市」として開催されました。当日は朝からあいにくの雨。しかも大雨警報つきでした。その日は商店街主催の道路開通式をおこない、そのまま夜市をはじめる予定だったため開催の判断が非常に難しかったです。開通式には市長などを招待していたこともあり12時時点で開催を決めました、後は夜市をどうするか?その時点で大雨警報はまだ解除されていませんでしたが、最終的には準備開始予定の13時に部分的な開催決定を下しました。
部分的、と言ったのは12時時点で大雨警報が解除されなかったため、オープニング
のキッズ・ダンスとバンド演奏は中止せざるを得なかったためです。
テッチャンとしては将来的に二日市の夏の風物詩としてキッズダンスを浸透させたかっただけに非常に残念ではありましたが仕方ありません。
大変だったのはステージ進行係りです。今回ステージは我々が今夏立上げたコミュニティ放送事業のメンバーと日本経済大学の放送部の学生さんにお任せしていたので変更の対応は大変だったと思います。
結局所々雨に降られましたが、最後までなんとか無事開催することができました。
そして何しろ沢山のお客さんも来てくれました。うちのシンなぞは射的、ダーツ、ボールすくい等遊び市を何度も繰り返しボランティアの学生さんからクレームがくるほどでした(笑)
この復活!夜市、雨の中とはいえ、それなりに成果をあげられたとは思いますが、はたして地元の方がワクワクしたイベントだったか?というと疑問が残りました。
本当は商店街がお客さんを招待して喜ばせる気持、それだけだと思うのですけど・・・