2013年3月 のアーカイブ

通信簿

2013年3月25日 月曜日

通信簿の成績はどうでしたか?

テッチャンは中学校まではそこそこ優秀だった、と思っています。ところが高校になると・・・ラグビーをやったばっかりに、脳みそまで筋肉化してしまい・・・(笑)
でも同期でちゃんと現役で優秀な大学へ入ったやつもいるわけで、言い訳はできませんし、ましてやラグビーをやったことを後悔はしていません。むしろそのおかげで今の自分があるのだと思っています。

というわけで、今週末から我が家のミズとシンは終業式があり春休みに突入しました。終業式といえば通信簿。
ちなみにミズの高校は通知表、シンの小学校は学習のあしあととなっています。
その終業式の日、シンは学校からテッチャンの事務所に帰って来てから、お昼にお弁当を食べながら通信簿の話をしたのでもらった事は報告されていました。
ところがミズときたら夕食の時も、その後さえも通信簿のことを一言たりとも喋りません。テッチャンもそれを承知でしばらく様子見していましたが、全くその気配がみえないので「通知表は?」と尋ねると「あっ、忘れとった!今すぐ持ってくるね。」ですと。
よくもまあ、平然としらばっくれますね。お見事です。
で肝心の成績は?というと・・・まあテッチャンも高校時代は散々だったので偉そうなことは言えません。
しかも考えてみると、テッチャンは高校の時親に通信簿を見せた記憶がありません。少なくとも父は中学、高校とそんなもの見たことなかったんじゃないでしょうか。我が家もナオミさんがいたら自分はほったらかしていたかもしれません。

それからシン。うちの小学校はもともと試験的に2学期制を導入しているので通信簿が2回しか見ることが出来ません。その上通信簿が非常にあいまいです。
各教科毎の総合評価はなくて、それぞれが4から6程度の評価項目に分けられて3段階に評価されるのです。だから結局その教科が出来ているのか、ないのかを評価のしようがないわけです。親でさえわからないのですから、子ども本人だってわからないと思います。子どもの学力低下の最大の原因はこの評価基準のあいまいさにあるんじゃないか、と感じてしまうのはテッチャンだけでしょうか。

そしてテッチャンが見た後は仏壇へ置いてちゃんとあちらでもチェックしてもらっております。

酒蔵開き

2013年3月17日 日曜日

今年の新酒は飲まれましたか?

あちらこちらで酒蔵開きのお知らせが聞かれますが、ここ二日市の地元お酒屋さんでもこの週末酒蔵開きが開催されました。テッチャンもしぼりたて生酒ですっかりいい気分でこのブログを書いております。

ここは大賀酒造といって、福岡県では最も古い酒蔵と言われていてこの週末も大変な人出でにぎわいました。昨年まではそれに合わせて商店街がスプリングフェスタ、そしてテッチャンも活動するほっと二日市では「ものづくりアート市」というアーティストの展示即売会を同時開催していたのですが、今年は敢えて我々の「ものづくりアート市」を月末30,31日に日程をずらしおこないます。

というわけで我々ほっと二日市のメンバーは昨日今日と商店街のスプリングフェスタのお手伝いでしたが、酒蔵の会場はごった返すほどの人出。その流れで商店街へも人が流れてくれましたが、2週間先の「ものづくりアート市」が単独でどれほどの人を呼び込めるのでしょうか。単純に人出を競っているわけではないのですが、やはり気になります。

おそらく今この時間もそんな事をほっと二日市と商店街のメンバーが酒を飲みながら語り合っているのでしょうが、残念ながら テッチャンは昨日まで3日間のセミナーで夜も遅かったので週末の夕食ぐらい家族と一緒に夕食だけでもと思い、みんなで飲みたい気持をグッとこらえて帰宅しました。

するとそんな事をする日に限ってミズは先輩達とのお別れ大会があるので夕食もいらない、というとです。
「親の気持子は知らず」とはよく言ったものですね。
飲酒は二十歳を超えてから、飲んだら飲むな(笑)

二年

2013年3月11日 月曜日

黙とうしましたか?

今日は3月11日、東日本大震災から2年となりました。 14時46分、サイレンの音が鳴り始めたので仕事の手を休め、起立。東北に向いて静かに黙とうをささげます。

新聞等でも今日を迎えるまでにあれからの変遷、現状の様子などを特集してきたけれど、復興への道のりはまだまだのようです。
それどころか福島原発の廃炉作業はテッチャンが生きている間には終えられないかもしれず、罪深い所作の報いをこれから何十年も受けねばならないのです。
やはり手に余る技術に依存してはならないのではないでしょうか。

あれから二年、テッチャンのモチャのおもちゃと3.11との関わりは去年のブログ「3.11」でもふれたので、改めて書きはしませんが、自分自身どれだけ被災された方々に気持を寄り添わせることができたのか?自分にできることは何か?

去年の年末にはモチャで作った絵本を前の年に仙台に遊びに行った幼稚園や児童館等に贈らせてもらいました。後からお礼の手紙など頂きましたが、他にやり方がなかったか?
自問自答の日々が続きます。

夜、シンと風呂につかりながら学校での話をしていると、
「今日昼すぎにサイレン聞こえた?」
「聞こえたよ。だから起立して黙とうしたけど、シンは?」
「学校はちょうど帰りの準備中だったけどあのサイレン聞いて誰かが何のサイレンですか?って先生に聞きよった。」
「それで?」
「先生は、あの震災の起きた時間だよ、って教えよったけど、何もせんかった。だけど僕は知っとったけん、ちゃんと黙とうしたよ。」
「へぇー、よく覚えとったねえ。えらいな。」

どうやら自分の子どもには伝えたいことがきちんと伝わっているようで安心しました。

着物

2013年3月3日 日曜日

最近、着物着てますか?

今週末は3/1、2、3と「天神のひな祭」という今年初のイベントに参加したため、うちのひな祭りどころではありませんでした。

これは福岡天神の色々な会場で同時多発的に、和・ひな祭りというキーワードで様々な催し物を開催するイベントでした。というわけで週末の天神はあちこちで着物美人で溢れかえっていました。

テッチャンが最後に着物を着たのは、結婚した次の年の正月だったかな?ミズが生まれてからも夏の浴衣ぐらいは着ていたのですがね。

だいたい、このイベントにテッチャンのモチャが何で参加?って思われるでしょ。でもせっかく声をかけてもらったのですから、まずはありがたくお受けします。それからどうするか?を後付けで悩むだけです。

和・ひな祭りというキーワードならあれしかないでしょう。というわけでそれに向けて準備を進めてきたのです。

そして、初日、あいにくの雨。テッチャンは和の小物販売会場の警固神社貴徳殿で三日間のイベントがスタートしました。
この会場の出展者は9名。雨にもかかわらず着物の方も2名いて、出展者同士で話が盛り上がりなるべく着物を着ようということになったのです。 というわけで初日帰宅後、母にお願いして急きょ着物を準備してもらいました。

それでも雪駄がどうしても探し出せませんが、こんな時はほっと二日市のメンバーで着物屋さんにヘルプです。二日目当日の朝に帯締めまでお願いして何とか「馬子にも衣装」となりました。着物で街に出ると他からの視線を感じます。これはこれで何となく気持が良いものではありますが、やはり着なれていないのはみえみえで、着物に着られてしまいました。また最終日は撤収作業のため、着物は一日限定ではありましたが、折角着物があるのだからこれからは機会があれば積極的に着ようと心に誓った桃の節句でした。
追伸
昨晩は疲れていたのか眠くてブログも書きっぱなしで終わってしまいましたが、そもそもなんで着物をテーマに書こうとしたのか?書き忘れてました(笑)
ちょうどその着物を着て展示会に出かけた日にうちにある着物屋さんからミズ宛に電話があったそうなのです。そこは昨年夏に浴衣の小物をプレゼントするというふれこみでミズが行った店らしいのですが、あいにくおばあちゃんしかおらずまたかけるとのこと。ようは成人式の着物案内のようなのですが、もうそんな歳になったんだなあ、とつくづく感じてしまったので着物の事を書こうと決めたことを書き忘れていました。あしからず。