2012年10月 のアーカイブ

運動会

2012年10月28日 日曜日

運動会は春、秋どちらにおこなわれていましたか?

ここ二日市では運動会はミズが6年生まで、ということは2007年までは秋におこなわれていましたが、翌年から春におこなわれるようになりました。

その年の事は忘れもしません。シンが小学校、ミズが中学校にそろって入学しており、6/1にシンが小学校へ入学してはじめての運動会が春におこなわれました。 そしてその晩、ナオミさんが腹痛を訴えはじめて朝方たまりかねて救急病院に連れて行きました。その時は尿結石でしばらく入院、治療後も腹痛が治まらず結局それが胃ガンだったと後からわかることになったのです。

話がそれました。 それから運動会は春開催となりましたが、シンの小学校は去年から校舎の建替え工事があり、運動場にプレハブ校舎があったため今年は秋開催となり、今日がその運動会でした。

昨日からの雨で開催が危ぶまれましたが、予報が少し前送りになったようで朝方は少し雨が残っていたものの、6時半の学校メールで30遅れのスタートとなりました。 この一斉メールというのも一昔前には考えられないことで、前ならこんな日は電話応対で学校はパニックだったでしょうね。

と、いうわけで、 前日の場所取りもせず、朝も弁当作りで出足が遅れた為に、到着した時には既に地区のテントは満杯でお隣の地区のテントの後ろに何とか場所を確保して皆を待ちます。我が家は母が祖母の法事と重なり、またミズはバスケの練習で欠席だったにもかかわらず、お義父さん夫婦、義妹家族とシン一人に総勢8名の大応援団が集まりました。

注目のかけっこは・・・6人中5か6番目でした。ミズはカミさん似で足だけは早く、ブロック対抗も毎年代表だったんですが、シンはテッチャンに似たんでしょう。テッチャンも短距離は苦手でしたから。

そしてクライマックスは6年生との合同の組体操。主役はあくまでも6年生で5年生はそれほど難しい演技はありませんが、それでもこの演技を観ると大きくなったものだと感心してしまいました。 義母もやはり観ていたら涙が出てきたと感動していたようです。

今から来年の運動会が待ち遠しくなってきました。

収穫の秋

2012年10月21日 日曜日

あなたは実りの秋に何を収穫をしましたか?

テッチャンの住む二日市周辺の田んぼはほとんど稲刈りが終わり、テッチャンがシンと田植を手伝ったむすび庵の稲刈りも今週末にすませたようです。 今日はそのむすび庵の月例会でした。今回は「キノコ講座と秋の収穫&バーベQ」だったのですが、実は先月9/22はこのむすび庵の16周年記念総会でした。 すぐにこのブログにアップしたいと思いながら、もう翌月になってしまいました。

総会は三部構成で一部の農作業から始まり、第二部の大討論会、三部の宴会へと夜中まで続きました。

テッチャンは二部から参加したのですが、今年のテーマは「大震災後の私たちの暮らし、生き方の変化」でした。 テッチャンも事務局のウメさんからわずか4,5日前に報告を依頼されましたが、もちろん快くお受けしました(笑) 事務局は建築家からの視点での報告を期待していたと思いますが、テッチャンはその期待を見事に裏切りあくまでも個人的な自分自身の生き方の変化を洗いざらいさらけさせてもらいました。

以下の内容をスライド写真を見ながら会場の皆さんにお話させてもらいましたが、ようやくこんな事を人前で喋られる精神状態になったということでしょう。

原稿文そのまま
このむすび庵には7年ほど前の2005年から家族で来させてもらっています。 2007年頃からは両親もこちらでお世話になっております。

私は2002年東京より戻り二日市にトポスデザイン工房という建築設計事務所をかまえています。自らを「建築屋」と呼び、町の建築屋さんとして主に住宅やお店の建築からインテリア、家具に至るまでのデザインに携わってきました。その傍ら、自分の二人の子ども達の成長にあわせて彼らの家具やおもちゃなどをデザインしては作ってあげていました。

生活が一変したのは2008年6月ナオミさんがスキルス性の胃ガンを発症して闘病生活が始まってからです。 結局2009年4月、闘病の末ナオミさんは他界しました。 不思議なものでこういうことは続くものでその夏、カミさんの初盆の最中、今度は父が行方不明となり結局そのまま亡くなってしまいました。 父はアルツハイマーでした。 二人の全く違う「死」というものを体験して、当時は私自身かなり落ち込みました。 ただ二人の子ども達だけは何とか学校へ通わせて、きちんと生活させねばと専業主夫に徹する毎日でした。

今思うとその頃が精神的に底突きの時期だったと思うのですが、一回忌が過ぎたゴールデンウィーク、ある方の一言がきっかけで「おもちゃ作り」が始まりました。

その方はお参りがてらお孫さんと一緒に遊びに来られたので、昔娘のためにデザインした椅子を貸してあげました。その椅子はその後息子も使っていたので相当くたびれてはいますが、その子は大そう気に入ったようでその方からとても誉めてもらったのです。 その時、自分が我が子のためにデザインしたものが、他の子ども達にも喜んでもらえるのだ!自分が本当にすべき事はこれなのだとこれまで迷っていたものがスーッと晴れて一本の道がみえたようでした。

それ以来、おもちゃ作りの事業化に取組み、翌年2011の春にようやく試作展にこぎつけました。

そして忘れもしない3月11日、私は二日市という地元で活動するまちづくりNPO法人ほっと二日市が主催する「2011年ものづくりアート市」の準備をしていました。私の担当は子ども向けの会場「子ども遊び広場」の設営で、そこでは私が前年から取組み、準備を進めてきたモチャというおもちゃの試作展も同時開催する予定でした。

そこにあの震災でした。

その被災地のひとつ仙台は私が新婚生活の三年間を過ごした思い出の地です。最近、こちらにはすっかり御無沙汰の長女ミズは仙台産です。 当時は仙台を含め東北の自然、文化が福岡で生まれ育った私にはとても新鮮で、山々の新緑の美しさに感動して、長女は瑞々しい樹木のようにすくすくと育ってほしいと杜の都にちなんで名付けたほどです。

ちょうどその頃はナオミさんの三回忌を控え、ようやく私の心も落ち着いて来た頃だったのですが、あの大震災はその幸せだった頃の思い出まで流し去ってしまったようで、私に再び深い喪失感をもたらしました。

そんな事もあり私にとっての東日本大震災は、その当時私が手探りで取組んでいた事に覚悟をうながし、それ以降の自分自身の生き方を方向づけてくれたような象徴的な出来事でした。 ですから余計にモチャのおもちゃに使命感のようなものを感じています。

それ以降、震災に見舞われた方々、特に子ども達に対して何かできないだろうかと考えて展示会の売上の寄付などもしてきましたが、秋にある講演会で仙台の子育て支援施設のびすく仙台の伊藤館長と知りあうことができ、これがご縁で昨年末に子ども達と一緒に4泊5日で仙台へ行ってきました。

仙台では幼稚園、児童館、冒険遊び場、子育て支援センター等、伊藤館長に紹介して頂いた施設をまわり、そこの子ども達と工作遊び、からだ遊び、おもちゃ遊びなどをうちの子どもも一緒になって遊んできました。 宿泊はお寺のボランティアセンターで宿泊させてもらい、これまた非常に良い体験をさせてもらいました。  自己満足でしかない事は十分承知しています。それでも、とにかく現地行って良かったと思っています。活動の合間に懐かしい仙台時代の友人家族と再会できたことも有難いことでした。

最後にお恥ずかしい話ですが、私はこの歳になってようやく「生きる」ことの意味がなんとなく理解できたような気がしています。「生きる」こと、つまり生きとし生きるもの全ての生れた理由は「繋ぐ」ことなのだろうと。

だから自分の子どもと同じようにひとりでも多くの子ども達と接して、モチャのおもちゃを通じて何か心に残るものを繋いでいきたい、そんな風に考える今日この頃です。
以上。

テッチャンのこの秋の収穫は自分自身を「曝け出せた」ということでしょうか。

朝食

2012年10月14日 日曜日

あなたは毎日きちんと朝食を食べていますか?

テッチャンが育った東家では家訓というものは聞いたことありませんでしたが、唯一それらしいものがあるとすれば「一日の基本は朝食にあり。」でしょう。
小学校の低学年の時は寝坊して遅刻しそうな時でも、朝食だけは食べさせられていました。なので平気で遅刻させられていました(笑)
当時、たぶんごはんとみそ汁の朝食だったのですが、たまに知合いの家に泊まりに行った時、朝起きるとコーヒーのいい香りが漂う食卓で(もちろん、当時はコーヒーなぞ飲めませんでしたが香りだけは記憶に残っています。)パンとハムエッグ、フルーツ等の朝食を食べさせてもらうと、それはもうテレビで見る外国に行ったような気分になったものでした。今では逆にたまによそで和食の朝食が出るといつも以上に食べてしまします。

そんなわけで我が家でも朝食はきっちり食べるようにしています。
ナオミさんがいる頃は、テッチャンが夜遅くて晩御飯を一緒に食べられなかったので、朝食に一家そろって食べるようにしていました。
パン焼機で作った自家製パンに卵料理等、それに自家製ヨーグルトとフルーツが定番で、休日にはホットケーキもよく出ていました。
ナオミさんが闘病生活に入ってからは、テッチャンが食当(食事当番)となり朝、晩の食事を作り(昼の弁当も)、子ども達と一緒に食べていました。
今でもそれを引継いで朝と昼は食当ですが、ミズは高校生になり朝連やら朝自習やらで一緒には食べられなくなりましたし、準備も自分でするようになってくれました。とはいってもヨーグルトは作ってあげていますし、後片付けも任されています(笑)
シンも後しばらくすると時間がずれて一家離散、バラバラの食事となるのでしょうね。

何でわざわざこんな話をするかと言うと
今週シンの授業参観があり、その家庭の授業で「朝食調べ」がテーマだったのです。

予定表にも参観の内容は後日お知らせしますと、結局当日まで知らされませんでした。
授業がはじまると、いきなり朝食調べということでこの三日間の朝食の内容を全員調べていたようようです。まるで抜き打ちテストをやられたような感じで思わず苦笑いしてしまいました。

まずは各自、食べた物を大きく主食、飲み物、おかずの三つに分け、次にそれを栄養素でタンパク質、脂質、ビタミンの三つに分けて、最後に色分けしたシールを張りバランスをチェックする、という内容でした。

まずはシンをみてビックリ。教科書忘れとります。お隣さんから見せてもらっている姿に情けないやら恥ずかしいやら・・・

次はシール張り。後ろでみていると、赤と黄色のシールだけ貼りながら「スゲー、毎日赤と黄色は完ぺき!しかも緑無しやん!」と、班の皆に自慢しています。
ちょっと、ちょっと、緑はビタミンのことですけど野菜だけじゃないよ!
毎日ヨーグルトにはバナナ入れてるし、果物も食べとるやないの!と一人ツッコミ。

問題はそこからでした。
まず朝食を大きく洋食と和食に分けました。クラスでみるとだいたい半々ぐらいでした。それから和食と洋食の栄養のバランスチェック。先生は洋食は脂肪分が多い、和食の方がバランスが良いと結論づけちゃいました。

和食のごはん、みそ汁はとてもバランスが良い食事だ、ということに異論はありません。
ですけど洋食をばっさり切られると、洋食派の我が家としては・・・納得できませんねぇ。

それから先生の話は、「和食の朝食がバランス良いことがわかりましたね。そこで次回の家庭科ではご飯とみそ汁の作り方を勉強して実際に作ってみましょう。」ということでした。

なるほどそういうストーリーだったのですね。了解です。
ちょうど、来週には5年生が植えたお米の稲刈りもあります。
新米も手に入ることですし、日本の将来を担う若者達にもっとお米を食べてもらうことにしましょう。

町内運動会

2012年10月7日 日曜日

町内運動会には参加していますか?

今日はおそらく全国的にあちこちで運動会がおこなわれていたと思いますが、福岡は快晴、絶好の運動日和でした。テッチャンの二日市でも小学校区のいわゆる町内運動会が市制40周年記念ということで盛大に開催されました。

実は、テッチャンはこれまで町内運動会には行ったことさえありませんでしたが、シンが色々と子ども会でお世話になっていること、そして「ほっと二日市」でのイルミ・イベントのPR活動を兼ねて初めて出かけました。

シンは2週間ほど前から放課後に町内の子ども会で集まって、なにやら練習をしておりました。ここの町内会は商店街という事で子どもの人数が少なくて、シンもリレー、パン食い競争、応援合戦など色々掛け持ちするようです。

テッチャンは用事を済ませて遅れて行ったのですが、ちょうど町内対抗リレーの前だったようでテントの中で子ども達がユニフォームやら鉢巻やらを準備中だったのですが、それを遠くから眺めていて驚きました。

子ども会のお母さん達がシンに声をかけるたびに実に横柄な口答えをしていたのです。 「はぁー」とか「わかっとー」など、テッチャンに対してよほど機嫌が悪い時の応対をよそのお母さん達にしていたのです。

おもわず怒鳴りそうになりましたが、ちょっと離れていたところで見ていたこともあり、その場はぐっとこらえました。 後できちんと向き合って話すことにしました。

その後は競技をみたり、PR活動をしていましたが、応援合戦の前になり再び衣装の準備等をしはじめた時に応援に来ていた義妹が寄って来て、こちらが心配しているとおりシンの態度に子ども会のお母さん達も手を焼いているのだと知らされました。

これはシンからの何かのメッセージでしょうね。 何か困っていることがあるから、それが他人に対してあんな態度で出てしまうような気がしました。

こうなるまで気付かなかった自分に反省しました。

で、最後にどうしたかというと、夕方町内の打上げバーベキューがありシン達子ども会も参加。テッチャンも遅れて参加して先ほど帰りの道中にシンと話をしました。

今日お父さんがシンの言動を見てとても悲しかったと正直に伝えました。 だからシンのために何か言ったり、してくれる目上の人には、お父さんと同じようにきちんと向き合ってほしいと。 それ以上、この事については何も言いませんでした。 きっと何か感じ取ってくれると信じています。

それから今日10月7日はテッチャンの誕生日でした。おかげ様で47歳となりました。それにしてもSNSってすごいですね。フェイスブックをやっているのですが、日付が変わってからたくさんの方から次々にお祝いのメッセージを頂いています。私もこれまでフェイスブックのお友達の誕生日にはなるべくお祝いをコメントしていましたが、逆の立場になったことを考えもしてませんでした。 たまにお友達1000名以上いらっしゃる方をお見かけしますが、まさか一人一人に返事しているわけじゃないですよね(笑)

そしてテッチャンのおもちゃのモチャのお店「モチャ・ショップ」もこの10月で開店1周年となりました。もちろんこのブログを読んでもらっているあなたにも大変お世話になっているわけで、この場をお借りして感謝申し上げます。