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米寿

2015年10月4日 日曜日

八十八歳のお祝いを米寿祝いと言うって知ってますよね。
ではそのお祝いをしたことはありますか?
昨日初めてその祝賀会に参加したテッチャンです。ついこの前も「恩師」というテーマで書きましたが、大学時代の恩師由良先生が今月八十八歳になられるということで教え子達がお祝いの会を催したのです。
しかしながら母校は残念ながら現在ありません。九州芸術工科大学という当時日本で一番小さな国立大学と言われ、一学科30名4学科一学年120名、バウハウスの理念「芸術と技術の融合」を目指した日本で初めての芸術工科大学だったのですが、現在は九州大学の一学部となっております。
テッチャンは就職イヤイヤ病で、大学院で2年ばかり卒業を遠回りしたんですが修論が書けずに四苦八苦していたところを由良先生の退官のドサクサにまぎれてなんとか一緒に卒業させてもらった次第です。それでも大学院で島原の湧水という素晴らしいテーマに出会い、そこで島原焼の桑取先輩を先生に紹介してもらったおかげでそれ以来家族ぐるみの付き合いをしています。先生とも就職後福岡を離れたので新婚時代の仙台でお会いしたくらいでしたが、二日市で独立した時期にたまたま秋月に承平堂というギャラリーを建てられ、先生の自宅もお隣の太宰府で近くだったので、管理を手伝うことになり以降ずっと付き合わせてもらっています。
今回は先生が大袈裟な祝賀会を嫌ったので、基本福岡在住のOBだけの声かけでしたが、40名弱の教え子、関係者が集まりお祝いしました。
先生は着物、袴に仁輪加せんぺいのお面をつけての登場、参加者へのおもてなしはさすがです。最後はお得意の「さようなら」の歌をみんなで唄って終わりでした。
そして今日は秋月ツアー。間もなく新築のため取り壊される秋月郷土美術館等を先生や当時設計に関わった先輩達のお話を伺いながらの半日、テッチャンは朝のお迎えから、最後のお送りまでほぼ一日がかりでしたが、まだまだ知らない話ばかり、とても楽しいお話でした。
テッチャンはもちろ八十八歳まで生きる自信もありませんが、せめて生涯現役で最後はポックリいきたいもんです。
そしたら、さんなぜその歳で若さを保てるのか、先生の答えは「簡単だよ。シンプルに過ごすのさ」

定期試験

2014年6月8日 日曜日

定期試験好きでしたか ?

好きな人あんまりいないとは思いますが、テッチャンも
やはり好きじゃあないですね。

それでも中学校時代はそこそこの結果を出してはいましたが、高校時代に体と一緒に誤って脳みそまでも筋肉化してしまいその後の定期試験では大変苦労しました。
理数クラス高3の一学期のしょっぱなの数学では全くチンプンカンプン、あきらめて寝てしまい見事0点。笑しか出ませんでした。

大学でも試験には苦労しました。変な試験問題も多かったんですが、物理Ⅱは全く手が出ず先輩の「美味しいポモドーロソースの作り方」を書いて合格した、という話を参考にして「正しいヨットの乗り方」を書いたのですが、先生の興味を惹きつけられなかったらしく単位を取ることは出来ませんでした。
一番苦労したのは3年期末の定期試験。再試験続出だったんですが数学もやはり再試験。今度はぬかりないように前日に同僚の家で完璧に試験対策をこなしたんですが、気づくと朝方。まだ少し時間があるので帰ってちょいと横になりましたが、これが命取り。
目が覚めるとお昼過ぎ、とっくに試験は終わっておりました。これまた笑しか出ませんたがこの後が大変でした。このおかげで単位がギリギリ足りずに留年の絶体絶命のピンチ、もう既に再試験を落ちた同じ科の先生に友人と頼み込んで再々試験の実施を陳情しました。すると幸運にもその試験を実施してくれたおかげで何とか合格、留年を免れました。
そしてその時に決めたのです。これはもっと勉強をしなさい、ということだろうということで大学院まで進もう、ということを。
その後の人生は見ての通りです。

そして先週シンは中学で初めての中間試験を受けました。テッチャンとは全く違うタイプだ、ということがわかりました(笑)

加えてまたしてもわたくし大チョンボをしてしまいました。
先週 昔ばなし大学の補講があったのですが見事に忘れておりました。あぁ、またしても単位が・・・

卒業旅行

2014年3月30日 日曜日

卒業旅行には行きましたか?

最近は高校を卒業しても卒業旅行ってするんでしょうか?少なくともテッチャンの時はそんな話聞いたこともありませんでした。

大学になってようやくその単語だけは知るところとなりましたが、貧乏学生だったテッチャンは学部の時は大学院に行くために我慢して、その後大学院時代は修論に最後の最後迄手こずりそんな余裕ありませんでした(涙)

それがすでに義務教育と言って良い高校を卒業するミズから友達と卒業旅行で大阪に行くと言われて何も反論できない父親でありました。しかも後からちゃんと旅行代を請求してくるのですからどうしたもんでしょう?

たかがそのくらいで、というなかれ。だってその後ミズとシンで東京へ行くことは決まっていたんですからね。
向こうには東京にオジ、埼玉にオバがいるのでかなり前から予定していて、当初は行きは青春18切符で途中名古屋の親戚経由などと計画していたのですが、二人の予定が噛み合わず結局二人が別々に行って向こうで数日重なるように再計画しました。

ミズは幼稚園時代の初恋相手ケンチャンと会えて満足したようですし、シンは姪っ子、甥っ子とあそんだり、デイズニー シーにも行けて楽しかったようです。
シンは帰りは新幹線で帰って来たのですが、二日市駅に大きなリュックを背負って帰って来た姿は一回り大きくなったような気がしました。

一方のミズ、最初の大阪旅行から帰って来た時の染髪、付け髮、ピアス・・・んー、理解できません。

染髪

2014年3月9日 日曜日

髪の毛染めた事ありますか?

テッチャンは高校卒業して一浪したら慣れない勉強をしたもんで若白髪になってしまいましたが、これまで染めようと思った事もなく、以来白髪の量も変わらなかったんで今では逆に年の割には少ない上、ほぼ坊主ですんであまり目立つこともないようです。

天パーの話は以前にもしたと思いますが、ナオミさんは天パー&茶髪だったんで中学に入学した時は怖いお姉さま達からかなりイビラれた、と語っておりました。なのでミズは中学ではストレートパーマをかけていました。

それが高校を卒業した途端、パーマに金髪(赤毛も混じってる)、ピアスにカラーコンタクトってどうなんでしょうか?

テッチャンは今週火曜がNPOの臨時総会という理由で夜更かししてしまったおかげで、翌朝早くに大阪旅行へ出かけたミズには布団越しから「行ってらっしゃい!」しただけだったんですが、三日後に戻って来た娘の代わり様は週末の夕食時まで全く気付きませんでした。

帰宅後入浴して食卓につくと、斜め前に見慣れぬお姉様が座られておりました。聞き覚えのある声なんですが、確信も持てず、さりとて尋ねるわけにもいかず、なのでテッチャンは仕方なく晩酌をはじめて飲むしかありませんでした。

いやー、ムスメといえども女ってわからんですね。

というわけで翌日今日は分かり合える野郎だけで気分転換に山登りでも、とシンを誘うのですが、寒いだのなんだのとこちらもなかなかオッケーがでません。最後は父からのお願いだと頼み込んで一緒に山に登ってもらう始末です。しかも登りではヒィこら言って、逆に息子に引き連れられて登山でした。ただ小雪がチラつく頂上でしたがお手製おにぎりとお湯を沸かしてのカップ麺で寒さにも関わらず結構満足げでした。

ただ中学へ行ったらクラブやら何やらで一緒に遊ぶこともほとんどないでしょう。ミズと同じようにやはり親から離れる時がきたようです。

どうやら息子からも見放され、テッチャンはこの春晴れて子離れしなければならないようです。

ホームステイ1

2014年2月8日 土曜日

ホームステイしたことありますか?
テッチャンは高校一年生の時、同級生の家にほぼ一年間お世話になってました。これはホームステイというより、単なる居候と言った方が良いですね(笑)
なんでかというと、当時父の仕事の関係で一年前からソウルに住んでいて、日本人学校は中学校までだったのでインターナショナルスクールではなく、テッチャン一人日本に戻り高校進学することにしたからです。
自宅もあったのですが、もちろん当時は家事能力もなかったので進学する高校が決まった後、予備校の寮等に入れるよう探していた頃たまたま近所で小、中以来の友人にバッタリ再会しました。
「おう、なんばしよっと?」てな感じで話はじめて事情を説明すると、
「俺んち部屋がたくさんあるけん、母ちゃんに話しちゃろ。」と冗談のようなことを言われたんですが、これが本当にお世話になることになったのです。
テッチャンには実の母以外にもお世話になった母ちゃん達がたくさんおりますが、ひょんなことから身を寄せることとなった彼、マッチョの母ちゃんも今でも本人共々家族ぐるみでお付き合いさせてもらっております。

いやぁ、ご縁ってホント大切です。

我が家では昨年ミズが語学研修で一週間ほどオーストラリアでホームステイを経験していますが、テッチャンはもちろんそんな高尚な経験はありません。
ところが今回、ここドイツで初めていわゆるわホームステイ的な経験をしました。というのも、テッチャンが出展したニュルンベルグのトイメッセ(世界玩具見本市)は出展社だけでも2800社以上、それに4万人以上の来場者が世界中から集まるためホテルはなんとも強気な殿様商売をして通常の2倍以上の価格設定をするのです。
テッチャンもそれを聞いていたので出展が決まるとすぐにホテルを探しましたが、昨年の10月時点で既にかなりの値段になっていて一応予約は入れましたが予算オーバーで現実的ではありませんでした。
そこであれこれツテを辿って安宿を探していたある日、一通のメールが届きました。トイメッセ出展が決まってからというもの海外から色んな案内メールが届くようになったのですが、それは宿泊先の紹介で幾つかの個人の家が案内されていました。会社は北京にある中国の会社でかなり怪しかったのですが、HPも一応きちんとしていたので困っていたテッチャンは藁をもすがる思いでオファーをしたわけです。
そこからは気に入った宿泊先を決め、相手からの条件を確認して正式に申込みをしたのですが、勿論やりとりは英語。心もとないのでその都度テッチャンの英語の先生ピーターに内容はチェックしてもらっておりました。(そうなんです。一応あちらに行くことを決めてから、週一でランチミーティングと称して友人ピーターに即席英会話教室をお願いしています。)
そして最後に前金で総額の30%ほどを支払う段階で大丈夫かもう一度考え直していた時に、まさに見計らっていたかのように担当のAlexから電話がかかってきたんです。不意だったのでこっちは完全にフリーズ(笑)
何とか彼が締切なので前金の支払いがなければ予約を取り消す、と理解するのが精一杯でした。でもそれで踏ん切りがつき、すぐに振込んだのですがそこからまたひと騒動でした。
というのも、その後すぐに振込証のコピーを一緒にメールで送ったのですがなぜか受信拒否されたのです。
「しまった、やられた。」
これは国際的な振込詐欺じゃん、と正直泣きそうでした(笑)
でも、もしかしたら、と直ぐにドイツで通訳を依頼しているチエさんに連絡をとり、聞いていた現地のホストファミリーに連絡をお願いしました。同時に再度Alexにメールを送ると今度は一応送られたようでした。
結局二日後に彼から無事振込確認が出来たと返信があり、またチエさんからもホストファミリーにちゃんと連絡がとれたと返信があり、一件落着。めでたしめでたし。

ちょっと長文となったんで、ここでひとまず締めて、次回に現地編をお届けすることにしましょう。

神輿

2013年7月14日 日曜日

お神輿担いだことありますか?

恥ずかしながらテッチャンは神輿を担いだことありません。それどころか転勤族だったテッチャンは地元に根づかなかったので昔ながらの祭りに参加したことがないのです。

ただ小さな頃は父の大分の実家に里帰りするのが好きで、お盆に帰ると盆踊りに出るのが楽しみでした。

10年程前になりますが祖母の三回忌の盆にそれこそ小学校以来参加したのですが、昔と同じ盆踊りが続いていて安心しました。
最初はぎこちなかったんですが不思議なもので直ぐに踊れるようになるんですね。体が振付を覚えているのでしょう。

というわけで、今日は二日市八幡宮の子ども神輿があり、シンも町内子ども会で参加しました。
神社から道路が新しくなった商店会を通り、お寺まで行き戻って来るコースを町内ごとに御輿を担いで練り歩きました。

来年中学になるシンは今年が最後の神輿、見納めでした。

さあ、それでは博多部では明朝博多山笠が街を駆け抜けますから、今夜は早めに切り上げるとしましょう。

町内会

2013年6月9日 日曜日

町内会に参加していますか?

はい、今日はテッチャンの住む筑紫野市ではごみゼロ運動といって町内の一斉清掃の日でした。
朝から小雨交じりの天気だったのでビミョーだったのですが、我が家の隣の公園で予定時間前から声が聞こえはじめました。覗いてみるとカッパ姿で清掃準備をした人々がチラホラ集まっているので、決行だとあきらめて準備をして出かけました。
ちなみにテッチャンの家は組の関係で隣の公園ではなく、少し離れた別の公園が持ち場なのです。

そしてその公園に着くと既にあらかた組員は集まっていて組長さんの話がはじまっていましたが、何のことはない雨で中止、ということです。組長の「久しぶりに皆さんと顔合わせができてよかったですね」というような話を上の空で聞いて、最後に何もしていないのにジュースをもらって帰りました(笑)

するとうちの隣の公園ではまだ黙々と皆さんお掃除中でした。組によって判断が違うの??って感じでしたが、やる事たくさんあるんで助かりました。それでも隣組に悪いなあ、とせっかくスタンバっていたので家のまわりの雑草抜きだけしてからあがりました。
それからは我が家のたまっていた家事をこなしました。
既にミズとシンには自分の持ち場の掃除をしてもらっていたので、テッチャンはここから。
まずは基本の便所掃除からスタートです。次は風呂掃除、梅雨前なんで風呂釜、洗濯機の洗槽の掃除もします。それから久々の包丁研ぎ。しばらくサボっていたんで8本もありました。
まだまだありました。古新聞、空き瓶、空き缶のリサイクルやらシンの部屋の敷物等の片付け。気が付いたら昼前になっていました。

けれども今日は助かりました。シンが「ラーメン作る。」といってくれてたからです。
我が家でラーメンといえば「なーがいものなーあに、まーるだーいラーメン」なんですが、もやしとハム入りの替え玉付を作ってもらいました。テッチャンはやや堅が好みなんですが、麺はのびのびでやわ麺でした。

それでも息子に作ってもらったラーメン、おいしかったんですが、シンの横で食べながらシンが成長したというか、自分がまた老けてしまったように感じるテッチャンでした。

磁器婚式

2013年4月15日 月曜日

結婚20周年記念を磁器婚式って呼ぶって、知ってました?

今日4月14日はテッチャンの結婚20周年記念日でした。
なんでその日になったのかは昨年の同じ頃にブロクで書いていますので省略するとして、三日後の17日がナオミさんの五回目の命日を迎えるということで義父母、義妹達も呼んで家族で食事会をしました。もうあれから五回目の春、丸四年になりました。

といっても、シンはサッカーで春のリーグ戦が今日から始まり、朝から夕方まで出て行ったきり。ミズも最後のインターハイ予選に向けての練習で、本日も一家離散。 テッチャンは夕方迎えに行かねばならなかったため、先発隊は既に食事を始めてもらい、後から男二人が参戦することとなりました。 と、このあたりまでブログを書いている時にケータイの呼び出し。誰かと思って出るとむすび庵のウメさんから「ムタ君の結婚祝賀会の2次会がそろそろ開催されますのでよろしく。」ということで、頼まれたら嫌とはいえないテッチャン。二つ返事でむすび庵へ直行します。 しばし中断。

只今帰還、再開します。 ムタさんは就農を目指して、むすび庵で研修する若者ですが、たまたま話をしているうちに私が高校のラグビー部でお世話になった恩師に、その後移った高校で同じくラグビーを教わったということがわかり意気投合したのでした。 駆けつけ何杯、とお酒を頂いた後の祝辞で今日の20周年記念の話をした後、福岡では結納式で贈る供白髪の人形の例を出し、末永く二人でいることだけでも幸せなのだと、少々年寄りじみたお話をさせて頂いた次第ですが、その後は例によってまたしても飲み過ぎてしまいました。

酒蔵開き

2013年3月17日 日曜日

今年の新酒は飲まれましたか?

あちらこちらで酒蔵開きのお知らせが聞かれますが、ここ二日市の地元お酒屋さんでもこの週末酒蔵開きが開催されました。テッチャンもしぼりたて生酒ですっかりいい気分でこのブログを書いております。

ここは大賀酒造といって、福岡県では最も古い酒蔵と言われていてこの週末も大変な人出でにぎわいました。昨年まではそれに合わせて商店街がスプリングフェスタ、そしてテッチャンも活動するほっと二日市では「ものづくりアート市」というアーティストの展示即売会を同時開催していたのですが、今年は敢えて我々の「ものづくりアート市」を月末30,31日に日程をずらしおこないます。

というわけで我々ほっと二日市のメンバーは昨日今日と商店街のスプリングフェスタのお手伝いでしたが、酒蔵の会場はごった返すほどの人出。その流れで商店街へも人が流れてくれましたが、2週間先の「ものづくりアート市」が単独でどれほどの人を呼び込めるのでしょうか。単純に人出を競っているわけではないのですが、やはり気になります。

おそらく今この時間もそんな事をほっと二日市と商店街のメンバーが酒を飲みながら語り合っているのでしょうが、残念ながら テッチャンは昨日まで3日間のセミナーで夜も遅かったので週末の夕食ぐらい家族と一緒に夕食だけでもと思い、みんなで飲みたい気持をグッとこらえて帰宅しました。

するとそんな事をする日に限ってミズは先輩達とのお別れ大会があるので夕食もいらない、というとです。
「親の気持子は知らず」とはよく言ったものですね。
飲酒は二十歳を超えてから、飲んだら飲むな(笑)

初蹴り

2013年1月6日 日曜日

正月は何して過ごしていましたか?

それよりまずは、新年ですからご挨拶から、ですよね。

明けましておめでとうございます。

このブログもおかげさまで2回目の新年を迎えることができました。 今年もこの子育譚をよろしくお願いします。

今年は暦の関係でいつもより長いお休みを取っている人も多いようで、 今日までお休みの方も多かったようですね。

テッチャンは例年通り、30日から2日まで喰っちゃ飲みの生活続けておりましたので、3日から事務所開きをして、これまた例年通り、今年の目標、スケジュールを立てておりました。

それでも全く例年通りかといえばそうでもありません。 去年とは違ったことといえば・・・

まずミズの事。 去年あんな事(去年のブログ参照)がありましたので、今年も新年早々何かやらかしてくれるのではと、テッチャンはそれなりの準備をして待ち構えておりましたが残念ながら1,2日と何もありませんでした。 それがテッチャンが仕事をはじめた三日にミズとシンだけがカミさんの実家に遊びに行った際、太宰府に初詣に行く前に迎えに来させたそうで、義母が喜んで家に上げ、おせち料理を食べさせたそうです。 その前日、2日には私も行っているにもかかわらずですよ。これはもう確信犯以外の何物でもないですよね。

次はシン。 シンは昨年秋からサッカーを学びはじめました。 今年の目標はレギュラーをとる、だそうです。 そして今日がサッカーの初蹴りでした。

6年生の親が豚汁やぜんざいを用意してくれての食事会、プレゼント交換、それから4年から6年生までの混成チームでフットサルの試合でした。 テッチャンはやる事がたまっていて最初と最後だけを見学しましたが、最後に6年生とその父親中心のチームとの試合をしており、来年はテッチャンもこんな風にやらねばと心した次第です。

今年はミズがいよいよ高校三年生。将来の進路はこの一年で大きく変わります。そしてシンも小学校6年生で小学校最後の年。二人とも重要な年なのです。 その上、義父、テッチャン、シンにとって今年は巳年の年男、長く細く粘らせていただきます。